1980年の中ごろに火災保険に地震火災の被害を支払う地震火災費用保険金が導入されると同時に、 それまで総合保険にしかなかった風や雹や雪などが普通火災保険でも標準でカバーされるように なりました。しかも保険料は値上げせずにです。なぜ損保業界はこんなにサービスが良いのでしょうか。
答えは簡単で木造住宅が減り火災の発生が年々少なくなると同時に日本の消防は優秀なので 火災が発生してもすぐに消火してしまい保険金の支払いが減り保険料が下がり続けたので、 なんとか保険料の値下がりを防ぎたかったのです。保険の認可により会社の事業費は保険料に 比例して計算されるので保険料が下がると自動的に保険会社が使える事業費が下がってしまいます。 それなら認可を変更して事業費の比率を上げればいいのですが、金融機関は儲けすぎとの批判もあり、 立派な社屋があったり社員の給料が高かったりと保険会社としてはなかなかそれは言い出せなかったと 思います。したがって支払う事故の範囲を広げれば契約者へのサービスにもなり保険料も下がらない ので一番良いと考えたのです。
保険料は実際の保険金の支払いを検証して、その結果を新しい保険料に反映します。 保険料の値下がりを防ぐには保険金の支払いが増えればいいのですが、火災を増やすわけには いきません。そこで目をつけたのが自然災害です。それまでの火災保険はストレートファイアー といって火災・落雷・爆発の損害のみに保険金が支払われる保険でした。 地震、噴火、風水害、雪害などの自然災害は総合保険という保険でなければ支払われませんでしたが、 これを火災保険で支払うことにより保険金の支払いを増やそうと考えたわけです。
つまり保険料の値下がり防止が目的であって、保険料水準を維持するためにはどのような災害をカバー すればいいのかを検討するために損保協会に大手会社の若手メンバーが集まり検討をはじめました。 これがFFチームと呼ばれた作業チームです。通常、損保協会で会議をするときは火災保険委員会 とか自動車保険委員会あるいはxxx専門委員会やxxx作業部会などの名前が使われるのですが、 このチームはその目的から大手会社を中心とする秘密メンバーで構成され、 名称も何をしているかわからないようにFFチームと呼ばれました。 火災の料率ファンド吸収策を検討するためのチームなのでFire FundからFFと 名付けられたのです。このチームには各社から保険開発に精通した人材が集められ、 後に業界トップ企業の社長になられた方もおられました。
FFチームは業界の意向を汲んで自然災害の中から保険料は上がるけれども実際の保険金支払いは それほど上がらないという保険会社に都合のよいリスクを選び火災保険に組み込みました。 たとえば地震による倒壊リスクは実際に地震が来れば大損害になると予想されますが、地震による 火災のみを支払うならそれほど大きな支払いにはならないし、水害を支払えば洪水になったときに その一帯すべてが水に浸かるので大損害になるが、風害と雹と雪害だけをカバーするならそれ ほど大きな支払いにはならないなど、自然災害の理論値を使ってなるべく保険会社に都合のよい カバーを考えだしたのです。実際に統計データがあればそれを使わなくてはならないのですが、 大規模自然災害はめったに発生しないため統計データが使えず理論値で計算するために理屈さえ つけばどうにでも加工できたのです。理論的な保険金の原資をファンドと呼びこれから保険料が 計算されますが、保険料を維持するためのファンドを逆算してそれに適合するような災害を 探したわけです。
そして地震倒壊リスクや水害など実際に大きいな支払いが起きそうなヤバい災害を除いて、 風、雹、雪災というカバーが火災保険に組み入れられました。 ところがこの火災保険改定が行われてから数年後に大きな台風が来て風害で大損害を支払うことになりました。 節操のない損保業界は前回の自然災害担保は失敗だったとして急遽もとの火災保険に戻すべく大蔵省に認可申請にいったのでした。 ところが話を切り出す前に担当官から「損保業界は先見の明があった、前回はいい改定をしてくれた」と 先にほめられてしまったため、元に戻す話は切り出せなかったとのことです。
また、この改定の中でやはりファンド稼ぎのため「持ち出し家財保険金」を増額する案があり、 この改定折衝でもおもしろい話がありました。持ち出し家財とは一時的に家から持ち出した家財で 旅行にもっていくバッグだのカメラなどの所持品の損害を持つというものです。この説明のために 家財所有者のモデルとして親子4人で70平方メートルのマンションに住む家族の家財で説明資料を 作り大蔵省に説明に行きました。説明を聞いた大蔵省の担当官は「70平方メートルのマンションに 住む世帯がモデルとは保険会社の社員はいい暮らしをしてるんだね。ウチの官舎は50平方メートル しかないよ」と言われ、あわてて資料を持ち帰ったそうです。 その後「持ち出し家財保険金」の改定が行われることはありませんでした。
このときは保険料の値下がりを防ぐために他にもいろいろな費用の支払いが検討されましたが、 この中には臨時費用というものもあり、損害保険金の30%を支払うというものでした。 その認可を得るために火災が発生すると建物や家財の損害以外に一時的に寝泊まりする 場所が必要だとか、現場の養生費用が必要だとかあらゆる出費を考えて保険金の 30%という額を作り出したのです。ところが最近は自然災害の増加で保険料の値上がりが 続いていて、ほとんどの会社がこの臨時費用を10%に下げています。 あの30%の認可を得るときの説明はいったい何だったのかと思います。 まさに理屈と膏薬はどこにでもつくのです。 そういえば国会議員の発言でも「理屈は後から貨車で来る」というのがありました。 いまでは貨物列車もあまり見かけなくなりましたので、過去の話になるのかもしれません。