共同保険

 2023年6月20日東京海上日動火災保険がカルテル行為を主導したことを発表し、その後金融庁から報告徴求命令を受けたが、 昔を知る人間からすると隔世の感があります。私が入社した1980年代は保険業法により保険は独占禁止法の適用除外とされていたからで、 その名残が自賠責保険(強制保険)と地震保険であり、この2つの保険だけは現在でも法律(料率団体法)により独占禁止法の適用除外となっています。 昔のアクチュアリー試験では保険料率が独占禁止法適用除外になっていることを説明させる問題が出題されていたくらいで、 その回答例としては航空機、船舶など一旦事故になると高額な損害となる保険は支払能力の関係で1社では引き受けきれないため数社が共同で 引き受ける必要がある。そのため引受各社が同じ約款、同じ保険料を使用するというものがありました。 もちろん回答としてはこれだけではなく適用法律や実態の説明、メリットやデメリット等を詳しく論じる必要がありましたが、 大筋としては独占禁止法の適用除外が正当であるという趣旨の回答例が出ていました。もちろんその後再保険制度が発展したり 様々な保険代替手段が開発されている現在では通用する回答ではなくなってきています。 しかし現在でも契約者が複数の保険会社と関係がある場合には共同保険とすることが多いのです。 共同保険以外の方法をとると複数の保険会社を保険契約の当事者とすることができないため、保険契約の当事者でなくなった保険会社は 契約者との良好な関係を保てなくなるかもしれないからです。逆に過去には契約者との関係を保つために本当は受けたくない保険を引き受けた場合は 特殊共同保険といって共同保険であっても幹事会社以外の名前は出さないことがありました。

 ビッグモーターの保険金詐欺事件でも7社が金融庁の保険業法128条に基づく報告徴求命令を受けましたが、共同保険の幹事会社である 損保ジャパンが6割のシェアを持っていて全体の保険料が200億だったので、その6割が損保ジャパンの収入になるわけですから、 多少おかしいと思ってもだまって保険金を支払っていたことは十分に考えられます。逆に保険金を支払わなければ幹事を交代させるという 圧力を受けたはずなので、営業部門の苦労を考えると損害調査部門の人間もあえて厳しいチェックは入れにくい雰囲気だったと思います。 他の会社の損害調査部門がビッグモーターは要注意という社内情報を流していたくらいなので、チェックをいれれば一発アウトだったと思います。 保険各社にしても損害率が高ければ保険を引き受けなければいいのですが、それだけ保険金を支払ってもまだ儲かるから引き受けていたという 事情もあると思います。ただ許せないのは契約者の車をわざと傷つけて修理代を稼いていたことで、保険会社が保険金詐欺に加担していたわけです。 ビッグモーターは消滅してしまいましたが、これは氷山の一角にすぎず、金融庁が報告徴求命令を発出したことで、各社が申告した疑義案件が 600件、その中でも大規模なJERA、コスモ石油、JOGMEC、シャープ、京成電鉄、警視庁、東京都、仙台国際空港、東急に対しての課徴金総額は 20億円以上となりました。共同保険は保険が独占禁止法適用除外だった昔から長年慣習的におこなわれてきており、独禁法の適用になった後でも 共同保険の扱いについてはっきりとした規定はありませんでした。 保険会社の人間でもつい最近までグレーゾーンと認識している人が多かったと思います。今回の件でグレーゾーンではなく談合したらアウト ということがはっきり認識できたのではないかとおもいます。

 これは保険に限った話ではありませんが、競合する複数の販売者がいる場合に最低価格に合わせて他の販売者が値下げするのは談合ではありません。 販売者が予め申し合わせるのが談合で、談合したか競争の結果最低価格に張り付いたかどうかの判別は非常に難しいといえます。 申し合わせて保険料を決めるのではなく、各社が適用する保険料を個別に契約者に申し出ればいいわけです。 その結果をみて契約者が幹事を決めてその保険料に全社が合わせれば問題はなくなります。 現在、課徴金を支払った各保険会社は従来活発だった他社の社員との接触を禁じていて本来必要な勉強会や知識交流もできない状態に なっています。いわゆる羹に懲りて膾を吹くという状態ですがコンプライアンス部門が関与するなど体裁を整えただけでは済みません。 今後は共同保険が残るとしても危険な契約であると認識して必ずトップの判断を仰ぐなどの対策が講じられるものと思います。