アクチュアリーを目指す方々へ アクチュアリーを目指す方々へ


 アクチュアリーというと日本ではだいたい日本アクチュアリー会の正会員を示すことが多い。 日本アクチュアリー会は日本でただひとつのアクチュアリーの団体で、生命保険アクチュアリーも、 損害保険アクチュアリーも年金アクチュアリーも日本アクチュアリー会に所属している。また銀行、 官庁、コンサルティング会社などに所属するアクチュアリーも日本アクチュアリー会に所属している。 保険計理人、年金数理人ということばもありアクチュアリーと混同して使われる場合が多いが、数学的に表現すると以下のようになる。

Aを日本アクチュアリー会の正会員である人全体の集合

Bを保険計理人である人全体の集合

Cを年金数理人である人全体の集合

とすると、


A⊃B かつ A⊃C が常に成り立つ。

 すなわち、保険計理人もしくは年金数理人であれば日本アクチュアリー会の正会員ということになる。 保険計理人や年金数理人は法律で定められた資格であり、 これらに選任されるためには原則として日本アクチュアリー会の正会員であることが条件となる (小額短期保険会社なら準会員でも保険計理人になれます)。

 海外になると話がもう少し複雑でアメリカなどは生命保険、損害保険、年金、コンサルティングなど担当する業務別に いくつもアクチュアリー会が存在するし、準会員のステータスが高く、チーフアクチュアリーが準会員であることもあります。 またアメリカではアクチュアリーの収入は非常に高く、一般社員の数倍といわれます。 日本では金融機関の給与は高いとされていますが、アメリカの場合はたとえ金融機関に勤めていても一般社員の収入は他業種と同じです。 しかし、アクチュアリーは数倍の収入がありますから会議で一緒になった方の家にはテニスコートがありましたし、 チーフアクチュアリーの広い家には水中照明つきのプールがありました。 一方北欧では社会的ステータスが非常に高く、大学教授と企業の役員を兼任しているアクチュアリーも多いです。

 では、日本の場合はどうでしょうか。 アクチュアリーの人数はまだ少なく(正会員は2000人くらいでそのうち15%ぐらいが損保所属です)、保険会社や小額短期保険会社の増加にしたがって アクチュアリーの需要は増しています。 保険業法により保険会社に保険計理人は必ず必要とされますが、人数が足りないため 小規模な会社や外資系の日本支店などでは専任のアクチュアリーをおかずに コンサルティングアクチュアリーに保険計理人業務を依頼している場合が多いのです。 この場合、コンサルティングアクチュアリーは1人で数社の保険計理人を兼任することになります。 このため、アクチュアリーになっていれば職にはあぶれないというメリットはあるものの、 保険会社に勤めるアクチュアリーは大手社や一部外資系を除けばそんなに収入が多いわけではありません。 アメリカの職業ランキングでは常に上位にありますが、その理由は給料が高いことの他に職場環境がよい(つまりきれいな職場で仕事ができる)、 ストレスが少ないなどの理由があがっています。 実際にアメリカなどではアクチュアリーであれば役員でなくても役員食堂が使えたり、 コーポレートジェット(会社所有の飛行機)に乗れたりとかなり優遇されることが多いのです。 これにたいして日本の場合はストレスがないわけでもたいして優遇されるわけでもありませんが、 とにかく職にあぶれないということと転勤がない(東京勤務)ということは一種の魅力かもしれません。

 日本でも最近は大手生保ではアクチュアリーの社長が複数誕生し、また大手損保で役員クラスのアクチュアリーがいる会社もあります。 ただし、アクチュアリーの待遇は給与レベルの低い会社が引き抜き防止策として資格手当を出す場合を除けば アクチュアリーであっても普通の社員と変わりません。 特に経営層が営業一辺倒の会社ではアクチュアリーは専門職として完全にラインからはずされてしまいます。
 このため秀才の集まる大手損保でも専門職志向と思われないようにわざと専門科目を受験せずに準会員のままでいた人もいたくらいです。 実際には基礎科目は数学系ですが専門科目試験の内容は保険の実務に即したもので、金融、法律、行政などあらゆる方面から問題が出るので、 これを通過するためには保険業務のほとんど全部を勉強しなくてはなりません。 ですからこの試験を通過したアクチュアリー正会員は誰でも保険経営に関しては一家言持っているものです。
 ところが中小保険会社の場合は数理業務は監督官庁である金融庁への報告資料作成のために仕方なくやっているようなところもあり、 アクチュアリーは数学専門職と思われています。 そしてアクチュアリー要員となった者は業務命令で受験させられ、なかなか試験に受からないとアクチュアリー要員からはずされるので、 受験生にはある種の悲壮感がついてまわります。その結果、試験に合格したとたんにほとんどがコンサル会社や外資系に転職してしまいます。
これに比べて海外の保険会社は売り上げではなく収益性や将来性を重視するため、アクチュアリーの専門性が評価されています。 アメリカでは一般的に1科目合格するたびに昇給し一定の勉強時間が与えられるうえ、 正会員になれば高い待遇が待っており、チーフアクチュアリーは役員ですし、 さらにCEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)、CRO(最高リスク責任者)などの役職につくチャンスもあるので受験生の表情は明るいです。

日本でも最近は若い人を含めて転職が一般的になってきて大手会社も給与体系を変えているため、アクチュアリーの待遇は高くなっています。

高額収入で資産を作り早めに退職して好きな道を選ぶ人もいますし、退職したアクチュアリーがコンサルタントアクチュアリーとしてフル勤務の必要がない 少額短期や外資系の数理業務を引き受ることも増えています。
退職して大学教授になったり、コーヒー店を始めたり、農業の指導をしたり、結婚相談所を始めたり、オーケストラで活躍したり、 再び数理の仕事に戻ったりとさまざまですが、いずれにしてもアクチュアリー資格を持っていれば人生の選択肢が広がるといえます。

 以下の動画は米国損害保険アクチュアリー会(CAS:Casualty Actuarial Society)年次大会での正会員証授与式です。 次期会長が「名前を呼ばれた者は前に来て正会員証をもらって席に戻ったら、 次は試験委員会のメンバーになることを考えろ」といって笑い声が聞こえています。 実際、会場には厳粛な中にも新生正会員を迎える温かい雰囲気が漂っていました。 名前の次に所属会社を読み上げていますが、ほとんどが日本でもよく名前を知られている大手保険会社かコンサルティングカンパニーです。 新生正会員・準会員以外にその配偶者や家族も出席していて、 ミーティングや研究発表等が行われている間に配偶者や家族のためにシアトル市内観光がセットされていました。

 アクチュアリー試験は基礎科目(数学、生保数理、損保数理、年金数理、経済・会計・投資理論)全部を合格すると準会員となり 専門試験を受験することができます。 専門試験は生保、損保、年金のどれかひとつを選んで受験するのですが、それぞれについて2科目の試験があります。 平均の受験期間は8~9年くらいといわれますが、これは正会員までたどりついた人の受験年数で、実際には途中で挫折してしまう人もけっこういます。 一般的な経験則でいうとアクチュアリー要員となり受験を始めた人のうち正会員にまでたどりつくのはだいたい3人に1人といわれます。

 また建前上学歴は問われないことになっていますが、実際には大手会社のアクチュアリーは圧倒的に東大、京大などの旧帝大が多いというのが事実です。 これは大手会社では難関大学出身者が多いため、それ以外はアクチュアリーを目指そうにも、スタートラインである受験生にもなれないということです。 この場合はとりあえず中小会社を狙ったほうが有利ですが、やはり会社としての合格率は断然大手が高い傾向があります。 試験の合格率は年により上下し、難しい年が続くと数年に1度やさしい年があり合格率が急に上がることがあります。 この年を「在庫一掃セール」などといったりして、このタイミングに合うと効率よく合格できます。

 中小会社で全科目に合格して正会員になった後、もしスキルを磨いて高収入を目指すなら外資系かコンサル系に移り (大手は社内養成できるのであまり外部から採用しません)、 のんびり暮らしたいならそこで定年まで暮らせばいいのですが、 中小会社の場合は仕事のレベルが低い(大手会社は世界規模で営業し業務の専門性が高いのに対して、中小は専門性というよりは営業マンの根性で稼いでいる)ので、 自身のスキルアップはあまり望めません。 このため、中小会社で正会員になった人はほとんど自分がキャリアアップできる会社に転職しています。
その結果、日本の中小損保ではもともと正会員までたどりつく人が少ないうえ、正会員になると転職してしまうので、 現在の外資系や中小損保の保険計理人はほとんど全員外部から転職してきた人です。

 会社の決算や商品開発に関わることが多いアクチュアリーが社外に出ることは会社にとってもいろいろと都合が悪い場合が多いのです。 以前、夫婦共にアクチュアリーで別々の会社に勤めていた方がいたのですが、 まだアクチュアリーの数が少ない時代で決算や商品開発からはずすわけにもいかず、 双方の会社共に機密保持対策に気を遣ったそうです。 ましてや競合他社に転職した場合は情報の流出につながりますし、 業界の裏事情に通じているアクチュアリーが監督官庁に転職し検査官となって業界に戻ってきてビシビシ指摘を行ったため、 非常に困ったという例もありますので、アクチュアリーの流出は保険業界が抱えるリスクのひとつとも言えるでしょう。

 もし退社したアクチュアリーが事故で死んだらそれは会社が雇った殺し屋のせいだと思ってください(もちろん冗談です)。

ネット上にアクチュアリー受験のための講義がありました。