保険は国民の生命や財産を災害から守る公共事業であり、それゆえに免許制度により国に監督されている。 大昔は柱1本焼け残ったら保険金は下りないといわれた保険会社だが、 最近はコンプライアンス意識の高まりとともに保険金の適正な支払に努めるため社内にコンプライアンス委員会を作って顧客の保護に努めている。 しかしコンプライアンスを適法性と解釈して法律に違反しないギリギリの線をねらって営業をするようなタチのわるい会社も散見される。 法律違反を起こせば当然取り締まりや罰則があるが、法律に違反しなくても立法趣旨に違反するような行為まで慎むのがコンプライアンスである。 典型的なコンプライアンス違反は生保では明らかに契約者の収入に不釣り合いな高額契約を押しつけておいて「お客様の自己責任」 と主張するケースであるが、損害保険でも巧妙に契約者にメリットのない契約を押し付けるケースがある。
よく行われるのがアパートの賃貸契約における借家人賠償責任保険(以下借家賠という)である。 これは不動産業者が物件紹介に付帯させることが多く、アパートで火事を出した場合に 大家に対する賠償責任を支払う保険である。通常の火災だと近所の家に類焼しても失火法 が適用されて賠償責任は発生しないが、アパートの大家に対しては失火法の適用がないため 大家に対する損害賠償を保険でカバーするもので、一見合理的に見えるがじつは一種の抱き合わせ販売である。 というのは大家は通常自分のアパートには自分で火災保険をつけているから借家人に賠償請求などする必要がないからである。 また借家人に賠償請求するようなアパートには誰も入りたがらないに決まっている。 火災の原因は借家人の失火に限らず、もらい火とか放火とかいろいろあり、大家は 当然それらにも対応するため自分で火災保険を契約している。 借家賠が機能するのは大家が火災保険を付けていないか、自分の保険に請求しないで 借家人に賠償を請求したときだけである。 大家の火災保険は当然家賃の中から支払われるので、借家人の家賃には火災保険料が 含まれていることになり、借家賠を契約すると火災保険料の二重払いになる。 それにも拘わらず不動産屋が抱き合わせで借家賠を強制的に契約させるのは保険販売の手数料が入ってくるからである。 保険会社もそこは心得ていて抱き合わせ販売といわれないように借家賠の中に過失による漏水やら 傷害などを支払う仕組みにして大家の保険からは支払われない危険を補償するようにしている。 ただ、相変わらず借家賠償の中には火災部分の保険料が含まれていて、これは支払われることのない損害に対する保険料となっている。 本来なら借家賠からは火災保険部分の保険料を除外するか、大家の火災保険から借家人の失火部分の保険料を除外するのが正道なのである。
さらにもっと悪質なのは借家賠に火災以外の補償を組み込まず、火災担保のみの 契約として抱き合わせ販売するケースである。この借家賠は何が起こっても絶対に 保険金支払の起きない保険契約になっている。 これを開発した保険会社の商品開発担当は火災保険は物損害を保険の目的としている のに対して借家賠は賠償責任であるから保険の目的が異なるので重複保険ではないという 主張をしていた。これは詭弁であり支払うケースのない保険の保険料は理論的には ゼロ円になるはずである。このような保険を開発する保険会社の社員は強引にでも 理屈をつければコンプライアンスを守ったことになり、支払のない保険は会社の収益を 上げることになるという勘違いをしている。 大家から請求されるかもしれないから自分でも入っておくという人は別だが、 大家が「自分は請求しないから借家賠はいらない」 という場合でも強引に借家賠をつけさせる不動産業者もいる。 それは大家のためでも借家人のためでもなく、自分が手数料を稼げるからである。 さらに大家と借家人の保険は同じ代理店や保険会社であることが多く、 すべてを承知のうえでこのような販売を行っているのである。
アパートを借りるときはこのようなおかしな保険をセットにされても保険会社の人間でもないかぎり 気が付くはずはないので今は問題にされないようだが、 週刊誌ネタになるか誰かが気が付いて内容が公になれば重複保険の抱き合わせ販売なので 当局がだまっているはずはなく、そのときには不動産業者や加担した保険会社はたたかれて社会的信用を 失うことになるだろう。保険会社は自然災害などのリスク以外に風評被害などについても経営リスクとして 数値化し管理することになっているのであるが、この会社のリスク管理部門やコンプライアンス委員会は はたして機能しているのだろうか。